ヤップ島のストーンマネー

ミクロネシア連邦・ヤップ島。グアムの南西約800キロ、深いブルーと珊瑚礁の美しい海に浮かぶヤップ島は、ひしめき合うように並ぶ4つの島から成っています。
ヤップと言えば、石のお金「ストーンマネー」が有名です。ストーンマネーは、今から500~600年ほど昔、ヤップから約400キロ離れたパラオの島々から切り出した石のまん中に穴をあけ、カヌーや筏でヤップに持ち帰り、貨幣として使っていたものです。

ニューギニアとフィリピンのほぼ中間に位置するパラオ共和国は、大小200以上の島々から構成され、ロック・アイランドと呼ばれています。その名の通り、パラオの島々には洞窟や谷が多く、ヤップの人々は遥かパラオまで危険を冒して大海原をカヌーで渡り、貝殻や石の道具を使って石灰岩の壁から巨大な石盤を切り出しました。ヤップ人は、危険を恐れない勇敢な民族であり、彫刻の天才だったのです。樹木が密生した険しいジャングルの中をおそらく数百人もの労力を介して海岸まで運び、鋭い珊瑚からできた島から迷路のように入り組んだ暗礁、そしていつ急変するかもしれない風、海流、大波の中を命を賭けてヤップまで持ち帰ったのでした。

ヤップには、こんな伝説が残っています。

「昔、ヤップの探検隊が海上で方向を見失い、偶然、パラオにたどり着いて石灰岩を発見しました。隊長は、この石を魚の形(ストーンマネーの現地語『ライ』は『鯨』と同音異義語です)に切り出すよう命じたのですが、あまりに大きく、重すぎて運ぶのが大変だったのか、彼らは石をもっと小さいサイズの満月の形に切り出し、棒を差し込んで肩にかつげるようにまん中に穴をあけました。」

「ヤップのある漁師は、自分もパラオに行ってライ(ストーンマネー)を作って持ち帰ろうと考えました。しかし、彼のカヌーは環礁用に作られたもので、雇っていた舵手も海上経験が浅く、パラオまでの長い航海は危険すぎると思われました。しかし、その舵手は蝶の魔力を使うことを考えつき、カヌーの舳先に蝶を飛ばせ、夜の海を照らし、道案内をさせました。パラオに着いた後、彼らは幾つかの石盤を削り出しましたが、カヌーでヤップまで持ち帰るには重すぎました。そこで彼らは、ライを筏にくくりつけ、再び蝶の魔力をかりてヤップへの帰途についたのでした。こうして運ばれた大きなライは、「蝶の石」と呼ばれ、人々から珍重されました。」

今もヤップの村の小道に並べられているストーンマネーは、直径50センチから3メートルもあります。その価値は、大きさだけで決まるのではなく、石の希少性や美しさ、彫刻の品質、形、サイズ、さらにパラオから持ち帰る航海の途中で人が怪我をしたり、命を落としたりして運んだもの、その逆に奇跡的に誰も命を落とすことがなかったもの(「涙知らずの石」と呼ばれます)、等は価値が高いとされています。

そして、ヤップのストーンマネーのほとんどには系図があり、代々の持ち主の名前が新しい持ち主に語り継がれ、所有者が変わってもストーンマネーが移動されることはほとんどありません。

ストーンマネーは、今日でも土地や家などの不動産の取引にも通用する現役の貨幣であり、借金の返済にも使われる他、食料と交換したり、結婚式や伝統的行事の贈り物として使われたりしています。

現在、ヤップ島では日常の通貨として米国ドルが使われていますが、ストーンマネーは、ヤップ文化の象徴として、車のナンバープレートやミクロネシア連邦・ヤップ州旗にも、そのデザインが描かれています。
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